周りでは「こもね」という愛称で呼ばれている病院に行き、初めて診察を受けました。(1歳半検診、保健センター、そして診断への続き)
少し遅れているだけ。言葉が出れば一気に成長する。
そうあってほしいと願う、良くなる可能性ばかり見ようとしていました。最終的には好転する、そんな風に思い込もうとしていたかもしれません。
「自閉症スペクトラムですね」「成長するとこだわりが強くなってくるかもしれません」
というようなことを言われた気がします。
当時は言葉による意思の疎通が図れていたわけではないですし、このあと1年半以上言葉がでないにもかかわらず、今振り返ると、けいちゃんとはすでに話していたような錯覚を覚えます。
問題を直視できず、期待や希望のフィルターを通して、見続けていたのでしょうか。
伝えられた診断は、現実感はなく、けいちゃんに限って一発逆転があるような不思議な気持ちがありました。
危機感の薄い私をともなって、このあと、心理士さんとの親子面談・相談が何度か続きました。
ママにとっては溜まっていたいろいろな考えや気持ちを吐露する機会になっていたように思います。
現実を直視できない私を横に、日々の生活で違和感を感じていたママにとっては、初めてまともに相談できる人だったのかもしれません。今振り返ると自分の不甲斐なさに恥ずかしくなってきます。
診断を受けたからといって、薬があるわけでもなく、具体的な改善策があるわけでもなく、引き続き同じ生活が続きました。
様々な相談の場所はありますが、決めるのは両親。そんな当たり前のことも、その当時の私は理解していなかったような気がします。
ここからあわただしく、療育の場所、手帳の交付など、4月に向けてママ主導で動いていきます。
相変わらず私は受け身のままで。